ミゲルアンヘルゴンサレス

よくゴンサレスのことをゴンザレスと呼ぶ人がいるのですが、ゴンサレスとメキシコの読み方では

濁らないので気をつけましょう。ボクシング漫画はじめの一歩はメキシカンの選手を
ゴンザレスと言っていますが、明らかに間違えなので気をつけましょう。

そんなゴンサレスですが、初めて見たのはフリオ・セサール・チャベス戦でした。
ゴンサレスが今何時だい?「ミゲルアンヘルタイムだ」とワールドボクシングに書いてあったのが、
いまでも憶えています。

世界チャンピオン時代のゴンサレスを知りませんが、東京三太のリングネームで
後楽園ホールで活躍していたのはあまりにも有名でしたね。全盛期を過ぎていた頃から知っていました。
そして最後は、コンスタンチン・チューにボコボコにされて引退していきます。

あれだけ殴られて立ってられるのは凄い打たれ強いと思いました。チューのパンチを
まともの何百発殴られていたのでしょうか、全く歯がたちませんでした。
相当力が落ちていたのでしょうね。そういえば、ライバルだったチャベスもチューに息の音を止められました。

そしてチューはハットンの相撲ボクシングにしてやられました。
あれはちょっと悔しかったですね。ハットンは嫌いだったのでやっつけてほしかったのですが、
やられてしまいました。しかし、パッキャオが敵を取ってくれたのですっとしました。
断線しましたがこれにて終了。

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ジュリアン・ロルシー

ジュリアン・ロルシーは元トップアマの選手でWBAのライト級の元チャンピオンでした。

世界タイトルを取ったのは畑山隆則とのライト級世界タイトルマッチです。
畑山の猛攻を捌き切って大差の判定勝ちを収めました。

そのあと、すぐ負けてしまいましたが、結構地味で印象的な選手ではありませんでした。
体型はずんぐりむっくりで手足は決して長いとは言えず地味な印象です。

スピードは標準的でパワーもそれほど感じられませんでした。層の厚いクラスでは
多分チャンピオンになれなかったと思います。2001年当時のWBAライト級は穴王者が連発していた時代です。
あの時のチャンピオンは覚えてる範囲です。ヒルベルト・セラノ、ジャンバプティストメンディ、
ステファノゾフ、あとブラジルの誰かがいました。正直ぱっとしませんでしたので、
日本おスター畑山にはスカッと勝って欲しかったですが、これが日本と世界の差でしょうね。

アウトボクシングで畑山をシャットアウトしましたが、決してボクシングが上手な印象はありませんでした。
当時のWBAライト級はコロコロチャンピオンが変わりすぎて誰が誰に負けたか忘れてしまいました。
その後、ファン・ディアスが出てきてから安定してきたと思います。

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テリー・ノリス

管理人がテリー・ノリスの試合を始めてみたのはオスカー・デラホーヤが1997年の12月にリベラと

対戦したアンダーカードで黒人の世界ランカー(名前を忘れた)との防衛戦でした。

この試合にノリスが勝てば次はデラホーヤ戦のビッグマッチが待ち受けていました。
しかし歴戦のダメージが残っているノリスはこの試合でいつものように軽やかなフットワークは
死んでいて伏兵の黒人選手にノックアウトされてタイトルを奪われてしまいました。

それなので全盛期をリアルタイムで知らなかったのです。
ノリスはそのボクシングスタイルがカッコよかったので全盛期の試合も見てみたいと思い、
海外からボクシングビデオを自分で取り寄せてみました。

今ではユーチューブでだれでもみることが出来ますが、十数年前の当時は、
海外のボクシングビデオ屋から買わなければ見れませんでした。
今はファンにとっては便利な時代になりましたね。

そして、シュガー・レイ・レナード戦、ジョン・ムガビ戦、ドン・カリー戦、
ジュリアン・ジャクソン戦、サイモン・ブラウン戦、など勝ったし試合も
負けた試合もみました。

アウトボクシングのセンスが抜群なのに無理して撃ちあうスリリングなボクシングが魅力的でしたね。
顔もカッコイイのになんでそこまで人気が出なかったのかが不思議ですね。
ノリスは試合だけではなく練習でもハードなスパーリングを詰んでいたため、
脳にダメージを蓄積していってパンチドランカーの症状が出ていたそうです。
引退の年齢が31歳と現在からみれば早い方ですが、そういった理由があったんですね。

ロイ・ジョーンズJR

管理人がボクシングを見始めた頃ロイ・ジョーンズは無敵チャンピオンと言われていて、

超人とかヘビー級への転級の話が良く出ていました。

当時はライトヘビー級で無双状態でした。
どんな相手が来てもほとんどパンチをもらわずに12ラウンドフルに戦って
120対108でポイントアウトしていました。

スピードは以上に早かったです。
今もハンドスピードはあまり衰えていませんが、脚のスピードが明らかに落ちましたね。
全盛期はフットワークもすごくて踏み込みやバックステップなどで、
相手の攻撃をかわしたり攻撃したりしていました。

初めて見たロイ・ジョーンズの試合が、バージル・ヒル戦でした。
結果は4ラウンド右のボディーブローのワンパンチKO勝ちです。
バージル・ヒルというとライトヘビー級で長期間王座に君臨していた
安定した実力の持ち主でした。

地味でしたが実力に疑いはありませんでした。
ボディで倒れるような選手じゃないんですが、あっさりと倒したのは圧巻でした。
ライトヘビー級時代のロイ・ジョーンズはあまり強打を打たなかったので
KO率は低くなっていましたが最初に見たのがこの試合だったので
強打者との印象を持ちました。

そしてクリントンウッズ戦まで毎回楽勝で防衛を重ねていきました。
そして2003年ついにヘビー級のタイトルに挑戦することになりました。
相手はイベンダー・ホリフィールドと死闘を尽くしたジョン・ルイスです。
さすがにもう一人のレノックス・ルイスは不可能だとおもったのか、
ジョン・ルイスへの挑戦になりました。

内容はロイ・ジョーンズの圧勝でした。
一ラウンド目ルイスの突進からの右ストレートがジョーンズのテンプルをかすめた時
ちょっと脚がバタついたのは効いたのかなと思いましたが、
すぐ立てなおしてその後はずっとジョーンズペースの完璧な試合運びでした。
そして100年以上ぶりにミドル級からヘビー級を制覇した
チャンピオンの誕生となりました。